7時に起きる

もう二度寝はしない

【毒親】自分が傷ついた事をもう無視しない

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先日、田房永子の「しんどい母から逃げる」を読みました。↓リンクから第一話と最終話が読めます。

いったん親のせいにしてみたら案外うまくいった

 

田房永子毒親の描写を読むと、凄く胸がざわつきます。

うちの母親は毒親ではないし、大好きだし、仲良し親子でやってきた。

それなのにどこか、思い当たる節がある。

というのが怖いところなんです。

お前、覚えあるだろ?

と突き付けられているような感じ、それでも読むことをやめられない。

 

 

今回の田房さんの本は、「本当の自分を新たに産み出す」段階まで行っていて、

よく虐待されて育った子供は自分が親になったら虐待する、とか言いますが、

このサイクルの遮断方法を、ひとつ提案していました。

つまり、超実践的でためになるマンガという印象です。

 

そもそもいったいどうして胸がざわついたのか、

私は母親にどんなことをされて覚えているのか、よくよく考えてみました。

 

 

・気に入っている服を「変」「似合わない」「太って見える」と言われる

・足が太い、尻がでかいなど、見た目を言われる。

見た目のことは本当によく言われていました。

けなされると同時に可愛いと誉められることもあるので訳が分かりません。

 

・味付けが濃くボリュームのある食事が毎日。

・野菜が少なく、野菜が欲しいと言うと肉といためた油まみれのキャベツや玉ねぎで結局高カロリー。残したり食べないと凄く不機嫌になる。

・欲してないのにオヤツを持ってくる、断ると不機嫌になるので結局食べる

結婚式のプロフィールビデオを作る関係で中学時代の自分の写真を見たのですが、まぁー太ってます。

しかし、稼いでもいない小中学生がパンパンに太ってるのって、親の責任もありますよね。

うちの母親は父や姉に夕飯のことで文句を言われるのをとことん恐れていて、とにかく毎回オカズを作りすぎる節がありました。

焼そばがあるのに、ご飯を炊いている。

カレーなのに、うどんがある。

そんなの日常茶飯事で、残して不機嫌になるのが嫌だったので全てを食べて、ほんとに太ってました。

社会人になってからコンビニのサラダを買ってなんとか野菜を摂取しようと行動したら、母がこれ以上ないくらい不機嫌になった気がします。

あとは「今日は夕飯なにもないから自分でなんとかしてください」とメールがくるので、その通りに買って帰ると、ガッツリ夕飯がある、というのもよくありました。(恐らく母親の「夕飯」と呼んでいいレベルが物凄く高いのでしょう)

 

・家事を手伝おうとすると不機嫌になり、手伝いをやめないと烈火のごとく怒る。

・なのに誰も手伝わないと愚痴をもらして、いつもタメ息をついている

食べ終わった皿を洗う事すら「いいよいいよっ」とやらせてもらえなかったので、恐らく「それが自分の仕事」「自分のテリトリー」という意識が強かったのかもしれません。

実際にやると、洗い方を色々文句言われたりもするので、もうなにもやらないように当然なるのですが、

いざ実家を出ようとすると「あんたなにもできないのにやっていけるの?」と言います。

 

・うちは貧乏だから、と口癖のように言うが節約しようと行動しているように見えない(フレンチレストランで三千円のランチを食べていたり、いつもパン屋の菓子パンが台所にはあった)

・節約の具体的な案を言うと不機嫌になる。

うちは貧乏、もうやっていけない、なども本当に幼少の頃からよく言っていました。

しかしうちは都内に家があり、素晴らしく恵まれた環境だというのに「こんなところに住んでいる」と自分の現状をいつも嘆いていました。

都内でもより洗練された地区に住み(もはやどこやねん)、夫が良い仕事をして、かなりの余裕ができないと母は満足できないのかもしれません。

田舎者、育ちが悪い、など、よく言ってました。

そういった階級意識が強いのかもしれません。

 

・私がアルバイトから正社員になった件を「バイトあがり」と人前でけなす。

これは最近の出来事です。祖父の葬式の場で、親戚にそう言っているのが聞こえました。

わたしは接客業ですし、アルバイトから契約社員、正社員とあがっていったので、それを母は「普通の社会人」と見てはいないようです。

その意識は私にも根強く残っていて、仕事を精一杯こなしているのに「これはまともな仕事じゃないから」と自分で自分の仕事をけなしていました。

しかし、このままではいけないと思い直し、今はかなりその意識は改善され、立派な仕事だと胸を張っています。(それについても記事を書きました→接客業を悪く言うな - 7時に起きる)

 

・社会人になってから家にお金をいれようとすると受け取ってくれない。なのに「一銭も金をいれてないくせに」と罵る。

ほんとにこれもよく分かりませんでした。

母も自分が矛盾したことを言っているのに気付いていない様子です。

 

・とにかく自分のこと(母親自身)をけなしまくる。本当に自信がなさそう。

・夫(私の父親)に対してもけなしまくる。労りが見られない。

見た目、生まれ、育児、家事、教養、あらゆることに自信がないように見えます。

同時に、わたしにもあらゆる場面で「お前には無理だ」とけなされてきた気がします。

 また、父にも非常に厳しく、好きで結婚したように見えないのが現状です。

もしかしたら、お父さんのことを褒めてる、労る場面を数回しか見たことないかもしれません。

 

 

と、

書けば書く程、罪悪感が沸き起こってくるのが、毒親問題最大の難関です。

 

私は上記の件を今でもちゃんと覚えているし、凄く嫌だったし、いつもなにかしらの問いを投げ掛けていたのに抑圧されてきた。

何をしてもけなされたり、それはおかしいと言われるので非常に自信がない人間に育ち、自己肯定感が低くなりました。

それは私はいま、確信を持って事実だと思います。

 

しかし、どこかで、

「親のせいにするな」

「あんなに大事に育ててもらったのにひどいことを言うな」

「昔のことを今更なにいってんだ」

「虐待されてる子供もいるんだから大したことない」

と思う自分もいます。

 

で、田房永子さんの本に戻るんですが、

その自分で自分に大したことないと、言い聞かす行為こそ、自分をもう一度虐待している行為。

その行為をやめて、自分が被害にあっていたんだという自覚をすることが、次の世代に被害を繋げない、第一歩です。

ということが書かれていました。

 

私が書いたことは母親あるあるでしかない笑い事かもしれません。

しかし、その頃の自分はそれが息苦しくてつらかったです。その時の自分を否定したくない。

 

いつの頃か、私は母親は完璧でないとちゃんと知っていました。しかし、言われたら傷つくし、こうなんだと決めつけられればそうなのかな?と思い込みました。

その、子供の意識を変えてしまう力が、母親にはあるということを、本来は母親こそが知っていなきゃいけなかったし、世間が「母親に求めすぎない」世の中であれば何か違ったのかもしれない。

 

先程の、私が書いた思い出を読み返すと、何故か涙が出そうになります。

自分が可哀相だからじゃありません。

母もまた自己肯定感が低く、不安で仕方ない、繊細で傷つきやすい人間だったんだ、と再確認したからです。

いい加減バカにしすぎだ、と怒る人もいるかもしれません。

もしかしたらこのブログ初の炎上を経験するかもしれない案件かもしれません。

それ程、母親の存在を言及することはタブーであり、世の中があえて見過ごしている問題なのでは?

と、私は思います。

 

私は、この記事を書く前は何日か悩みました。

母への想いが不審で揺らぎそうになったからです。

母が大好きです、しかし今まで嫌な思いも沢山してきました。

その自分の気持ちは、無視してきて、実際うまくやってこれていました。

この、芽生えてしまった不信感が続いたら、母のことを嫌いになってしまうのではないか?

そう思うと、踏み込むのが怖かったです。

 

しかし改めて思い出して書き出すと、

恨めしく思う以上に、母こそが「母親という自分」に苦しみながら育児も家事もやってきていたんだろうな、というのを感じることができました。

自分の気持ちを無視することなく、一人の女性として、母を愛しく思えました。

 

ここに関しては、人それぞれだと思います。

私は母親との関係が良好なのでそのような結果になりましたが、

毒親」に支配されていた方々は酷い犯罪の被害者として、加害者に感謝する必要などどこにもありません。

毒親で苦しんでいるから、絶縁することを選択したのに世間の、それを許さない道徳を、わたしは残酷だと思います。

 

と、つらつら書いていて全くまとまりのない記事になりましたが、

全ては世の中が求める「母親」「家族」「子供」のイメージがかたまりすぎているのが根源のようにも感じます。

私も「妻」の理想にもがき苦しむ事が多かったです。

また今後は、「母」の理想に苦しみながら、「子供」が理想と違うことに憤慨するのでしょうか。

それは嫌です。

 

わたしは、あらゆる「理想」と「世間」を背中でやりすごしながら、とにかくのんきにおもしろおかしく生きていきたい

と、さくらももこみたいな理想でしめさせて頂きます。

 

以上でーす。